大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 平成4年(行ク)5号 決定

主文

本件申立を却下する。

申立費用は、申立人の負担とする。

理由

第一  申立の趣旨及び理由

申立人の本件申立の趣旨及び理由は、別紙執行停止申立書記載のとおりであり(なお、申立人の申立の理由の骨子は、二のとおりと解される。)、これに対する相手方の意見は、別紙意見書一のほか、暴対法は合憲であり、本件指定処分は適法とするものである。

二 回復困難な損害を避けるための緊急の必要について

申立人は、次のような理由によって、回復困難な損害を避けるため、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(以下「法」という。)三条の規定に基づく暴力団として指定する旨の処分(以下「本件指定処分」という。)の効力を停止する緊急の必要があると主張しているものと解することができる。

1  もともと、法は憲法各条項に違反し、無効のものであるが、被申立人は、警察庁その他警察関係機関と共同して、法の立法目的である「暴力団の壊滅」を標榜して、法による指定の前後を通じて、申立人を速やかに壊滅させることを公言し、法を含む全ての法令を、一般人とは区別し、特に、申立人及びその構成員に対して、集中的に差別的な施行をし続けて、組織的に差別的取締りを敢行しており、憲法一四条一項に違反した運用を行っている。

2  申立人が本件指定処分を受けたため、申立人の構成員のうち、多数の者が法一一条に基づく中止命令等を受けるおそれがあり、現に同命令を受けている事例がある。

3  被申立人らは、違法な法解釈により、申立人の関連団体ではあるが、別組織の団体及びその構成員に対してまで本件指定処分の効力が及ぶとの判断をしており、本件指定処分の効力の停止が行われないときは、申立人とは別の組織である関連団体の構成員も違法な命令を受けるおそれがある。

4  本件指定処分によって、申立人及びその構成員に対する一般人の差別意識が助長され、申立人及びその構成員が、政治的、経済的及び社会的関係において差別を受けるおそれがある。

5  本件指定処分によって、申立人及びその構成員に対する一般人の差別意識が助長されることから、申立人及びその構成員の政治的、経済的及び社会的関係における一切の活動が制約を受け、その結果、申立人の構成員及びその家族の生計の維持が危うくなり、生活上壊滅的打撃を受けるおそれがある。

第二  当裁判所の判断

一  一件記録によれば、申立人は平成四年六月二六日付けで暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(以下「法」という。)三条に基づく暴力団として指定処分(以下「本件指定処分」という。)を受けたことが認められるところ、法三条の指定に伴う規制の概要は、次のとおりである。

都道府県公安委員会(以下「公安委員会」という。)は、法による規制の対象となる者を特定するため、法三条各号の要件を満たす暴力団(構成員が集団的又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体(法二条二号))について、その暴力団の構成員が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれが大きい暴力団として指定(以下「三条指定」という。)する。

三条指定のされた暴力団(以下「指定暴力団」という。)の構成員(以下「指定暴力団員」という。)は、法九条、一六条及び一八条に規定する行為を行うことが禁止され、指定暴力団員が右各規定に違反する行為をした場合には、公安委員会は、その行為をした指定暴力団員に対してその行為の中止等の措置を命じることができる(法一一条、一七条、一九条)。

指定暴力団の相互間で対立抗争が発生した場合において、当該対立にかかる指定暴力団の事務所が一定の要件を満たすときには、公安委員会は、当該指定暴力団の事務所を現に管理している指定暴力団員に対し、一定の期間を定めて、当該事務所を法一五条一項に規定する用に供することを禁止することを命じることができる(法一五条)。

これらの措置の実効性を担保するため、それらの命令等に違反したものは処罰される(法三四条、三五条)。

二  法三条指定に基づいて、申立人の構成員が指定暴力団員として禁じられる法九条、一六条及び一八条に規定する行為は、「みだりに」などの規範的条項をも含んでいるものの、要するに、威力を示してする口止料や用心棒代の請求などのいわゆる民事介入暴力の典型的形態に当たる行為又はそれを促進する行為 であったり、暴力団の威力を拡大するのに不当な方法を用いたり、思虜の浅い少年に対するものであったり、事務所周辺の住民を不安に陥れるものであるということができる。これらの行為は、刑法その他の刑罰法規に抵触する場合はもちろん、刑罰法規に触れない程度のものであったとしても、いずれも、平穏に暮らしている一般市民に対して、著しい不安または迷惑を与え、さらには行為の相手方の真の意思に反して被害を与えるおそれが強いなど、刑罰法規に触れないとしても、社会的にそのまま放置することのできない行為であり、また、申立人の構成員による権利の行使という一面を有するものであったとしても、本来、他者の人権との関係で制約を免れることができないものである。

また、公安委員会は、指定暴力団同士の対立抗争事件が発生した場合、その事務所を多数の指定暴力団員の集合、抗争のための謀議、指揮命令、抗争に用いる凶器の製造などに利用することを禁止できるが、事務所をこれらの目的に用いる場合は、対立暴力団による襲撃の対象になる蓋然性が高く、近隣住民や通行人がその抗争に巻き込まれるおそれが非常に強いものであり、それらの事務所の周辺住民等に危険を及ぼす蓋然性が高いか又は周辺住民を不安に陥れるような行為であるということができる。したがって、これらの行為は、財産権の行使という一面を有するものであるとしても、周辺住民等の生活の安全、平穏等との調整のため制約を免れることはできない性質のものである。

そして、申立人及びその構成員が本件指定処分によって受ける制約又は損害という観点から、右のような不当な行為を規制する方法について検討すると、指定暴力団員が規制の対象になる行為をしても、それに対して直ちに処罰をするのではなく、その行為の中止を命じたり、事務所の使用を禁じる等の刑罰よりも緩やかな行政処分によって是正を図り、必要な限度で立入検査などの措置を取るなどして法の施行を確保し、刑罰はそれらの行政処分の実効性を確保するために用意されているにすぎないのであるから、これらの行為のもたらす弊害と比べて決して重い制約ということはできない。

また、申立人の構成員は、威勢を示したり、少年に加入を勧めるなどの法が禁止する態様で行うのでなければ、自由に営業行為を行えるのであり、また、他の暴力団と対立抗争を起こしたりしなければ、事務所の使用を制限されることもないのであるから、これらの規定によって、平穏な市民生活を営むことが制約されたということはできない。

そして、本件指定処分によって、申立人及びその構成員が受ける損害の性質、内容という観点から考えても、申立人及びその構成員らが口止め料、用心棒代等の収入を得ることができなくなる等の損害は、財産的損害にすぎず、この点について回復困難な損害があるということはできない。

これに対し、申立人への加入を求めたり、脱退を妨害するような行為は、集会結社の自由に関するものであり、これらの行為が禁止されることにより、申立人及びその構成員について集会結社の自由が侵害されるという非財産的な損害が生じているということができる。しかし、法が禁じているのは、思慮の浅い少年に加入を勧めたり、威迫を加えて成人に対し加入を勧めたりするなど、それ自体刑罰法規に触れないとしても、社会的にみて相当ということができない行為である。したがって、これらの行為が禁止され、申立人及びその構成員に非財産的な損害が生じていることをもって、執行停止を基礎付ける「回復困難な損害」に当たるということはできない。

三  さらに差別意思の助長にかかる損害の点についても、一般人の差別意識に基づく政治的、社会的関係における差別とは、一般人から不名誉な評価を受けることを指すものと解せられるところ、本件指定処分によって、申立人は、法律上、「その暴力団員が集団的にまたは常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれが大きい暴力団」として位置付けられることにはなるが、それは申立人の実態、活動にかかる評価であり、法の施行からは免れないものである上、本件指定処分によって申立人の社会的評価の基盤が変わるものではないということができる。

したがって、申立人の主張する政治的、社会的関係における差別は、本件指定処分によって、。回復し得ないとして生ずる損害とはいえない。

四  以上のとおり、申立人の主張する損害は、いずれも、行訴法二五条二項の「回復の困難な損害」とはいえないものというべきである。

第三  結論

したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件申立は理由がないからこれを却下し、申立費用の負担については行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 牧弘二 裁判官 横山秀憲 小島法夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例